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室町期へ

2018.03.16(07:00) 134

**二つの要素を持つ将軍権力

  初期の室町幕府における足利尊氏と直義兄弟の関係は良好で、将軍権力を分掌していた。 いわゆる二頭政治が展開されていました。
二人の権限を分析してみると、尊氏は軍事力のリーダーであり、京都では侍所を統括、地方では各国の守護を通じて武士を従属させ、全国の武士の主人、武家の棟梁として君臨していた。
全国の武士といった時に、かつての御家人に止まらずに、新興の非御家人勢力をも取り込んだ点が新しいと言われる。

武士たちに合戦への参加を命じ、命がけの働きに対する恩賞として領地を与える。  頼朝以来の「本領安堵」と「新恩給与」の権限を行使したのです。

一方で、直義は行政のリーダーでした。  鎌倉幕府以来の政治機構である評定衆や引付衆をまとめ上げ、政治や裁判を施行していました。 税収の管理も彼の仕事でした。  先にもレポートしましたが、彼の主張するところは、武士は鎌倉に戻り武家による政権を再生する事に有りましたので、朝廷勢力とは迂闊に関わりたくはないと云う考え方が直義の立場でありました。

しかし、現実はその様にはならなかった、その朝廷や荘園本所との交渉も直義の職務に分類され、兄の付託に従い誠実に天皇及び貴族などとの折衝に当りました。 その結果、直義の姿勢は伝統勢力からも好感を持って迎えられていたと言う。

以上、二人の権限分割を簡単に観てきましたが、将軍権力は次の二つの要素から成り立っています。  まずは、「主従制的支配権」です。
全国の武士と主従の関係を結ぶ、領地を「御恩」 として与え、戦場での働きに代表される「奉公」を求める。  奉公は、非常時には戦闘への参加という形をとるが、通常時は将軍や天皇の警護が主である。  さらに現在の警察機能などを担う、治安の維持なども求められた。

一方は「統治権的支配権」 と言われ、時局に対応する法を作成し、人々に示し、税収の基本を定め徴収。  適正な運用を試みる。  御家人・貴族・寺社勢力等の利害関係の調整を計り、公平な裁判を実施する。   全国の武士のみならず、民衆までを視野に入れその生活を守ろうとした。

以上、日本の将軍権力は主従的支配権と統治権的支配権から構成されるもので、鎌倉期から江戸期に至る700年間に渡って、日本国の武士の世を支える事になる。
足利尊氏との戦いに敗れ鎌倉にて斬殺された大塔宮護良親王・御陵(宮内庁)
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明治天皇の命によって造営された大塔宮(鎌倉宮)を見下ろす位置に御陵はある

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平成30年戊戌・丙辰・丁未
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鎌倉の石塔・その周辺の風景(R)


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