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室町幕府

2018.04.14(08:00) 141

**鎌倉府

*鎌倉公方&関東管領

   「守護」 というと守護大名をイメージすると思いますが、此の国単位での軍事指揮権を中心に、多くの権限をして領域支配を展開する様になるのは、ようやく室町期になってのものと思われる。

   諸説はあるが、守護という職制が明確になったのは鎌倉の初期からと考えられ、   頼朝が源平合戦の過程で、必要に応じて有力御家人を任じたものが始まりと思われる。  当初は呼称も「惣追捕使」 であり、任務は戦時の兵糧米徴収や兵士の動員とその指揮に限られた。  

   しかし、南北朝内乱を経ると様相は一変する。  戦乱が続くなかで室町幕府は、前代迄の所有秩序がが乱れ、紛争が頻発していた在地の治安と兵力獲得のために、守護に次々と権限を与え始める。

  それでは、鎌倉府(東国)での守護の情況を見てみよう。  一つは、伝統的外様大名の守護国早期固定化である。
甲斐の武田氏、相模の三浦氏、下総の千葉氏、常陸の佐竹氏、下野の小山氏等が、それに該当しょう。
   彼らは、前代の鎌倉幕府草創期からその地に根を張って、守護または有力御家人として支配していたと思われ、  実際に、武田・千葉・小山等三氏は当初から守護であったし、三浦氏は、途中までは相模守護であったが、途中から守護不設置国となった関係で守護職は失ったものの、得宗との良好な関係を結びながら、有力御家人として同地に存在し続けたのだ。

  二つ目は、鎌倉防衛に重要な南関東諸国の守護国を、上杉氏が占有する率が高い事である。
鎌倉膝下の三浦氏を除き、武蔵(国守は鎌倉公方)・伊豆・上野・安房・上総の守護は、関東管領家上杉氏の山之内・犬懸(inukake)両家が独占的に任じている。  これは、京都幕府でも細川・斯波・畠山の三管領家のほか、一色氏などの足利一族が、畿内近国に於いて、守護職の大半を占めていた事と類似した現象であり、上杉氏が関東に於いて、足利氏一族に次ぐ待遇を得ていた事を意味していた。
初夏の鎌倉・・・・シャガ群生  北鎌倉・浄智寺(鎌倉五山・第四位)山門付近 
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シャガ群生
 応永十六年(1409)鎌倉では、公方・足利滿兼が没した。  体調を崩し、医師の秘術や陰陽師の祈祷も甲斐なく、32年の生涯を終えた。  前年には大きな重石となっていた義満が世を去り、まさにこれからという時の急遽であった。
父・氏滿の死に伴い、鎌倉公方となって以来、父と同様にして、義満に抗らい乍ら、奥羽支配の進展と京への野望を追い続けた十一年であった。   幼少から滿兼を支え続けた、犬懸家の上杉朝宗(tomomune)が、これを機に出家を遂げている。

   滿兼には、二人の遺児がいた。  一人は正室の一色女を母とする、嫡男・幸王丸。もう一人は名ははっきりしないが、山之内上杉氏の本拠である上野に預けられていた。   後に、前者は持氏(motiuji)、後者は持仲(motinaka)となった。  家督は当然持氏が継ぐわけだが、持仲の存在は、当人の意思とは関係なく、鎌倉府体制にとって不安定要素の一つとなる。

 それが端的に現れたのが、翌年・応永十七年に起きた「滿隆騒動」 である。  持氏の叔父足利滿隆による謀反の噂が流れた事によるが、それを怖れた持氏が管領・上杉憲定(norisada)の山之内邸に避難するという事件があった。
同時期には、管領職が、山之内家の憲定から犬懸家の上杉氏憲(ujinori)(法名・禅宗)に交替している事、これ以後暫くの間、滿隆が、持仲を猶子としたうえで、持氏が十八歳になるまで後見役を勤めている事からすると、公方家内及び管領家内の、それぞれの複雑な権力抗争の存在が見えてくる。

*次回へ

**運慶小辞典

〇  願成就院と浄楽寺の造仏を終えた運慶はその後どうしたか。  実はこれ以後、建久七年(1196)に東大寺大仏殿の巨像群の造立に携わるまでの約七年間は、長らく事績不明の空白期だった。
〇  建久四年に足利義兼(yosikane)の注文による制作した像が発見されたのがようやく14年前の事。現在、真如苑が所蔵する大日如来像です。 ただ三尺の小像であり、七年の間にこれだけの造仏は考えられません。
〇  では何をしていたかと言へば、源頼朝の依頼で、鎌倉・鶴岡八幡宮寺や永福寺(youfukuji)の造仏に従事していた可能性が大きい。   

 **神奈川県立金沢文庫・・・瀬谷貴之氏の研究と推理から  「芸術新潮2017・10」 運慶特集より 


平成30年戊戌・丁巳・丙子
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鎌倉の石塔・その周辺の風景(R)


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