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もののふ(兵)ノ家・三浦氏

2019.06.15(07:00) 233

**三浦一族

**三浦氏再興は(続)

   義村は泰時の執権在任中は常に評定衆として中原師員(morokazu)に次ぐ位置を占め、泰時と時房が出席するような重要な会議には必ず参加していたようだ。
  義村は宿老としての重みが増すにつれて、幕府政治運営の責任の一端を評定衆に似つかわしくない態度をとるようになる。 
 具体的には記さないが、北条泰時の定めた御成敗式目の規定に明らかに反する行動を執っている。 目に余る義村の行動について、「吾妻鑑」にも厳しい記載が見える。
  義村がこのような態度をとって平気でいられたのも、宿老筆頭という自負があるのと執権泰時が一応三浦氏を重んずるという方針を変えなかった事によるのであろうし、もう一つは泰時執権時代に義村をはじめとする三浦一族が、将軍頼経(yoritune)に接近して、近臣御家人として重用されるようになった事も背景にあると思われるが、この事が結局幕府内での三浦氏の孤立と惣領家の没落を招く原因となったのである。

   以上のように、義村は宿老として将軍頼経に奉仕し、評定衆として執権泰時を支えてきたのであるが、もう一つの側面である三浦介としての義村にも注目しておく必要があろう・・・・・。  何となれば三浦一族が幕府を支える最有力御家人に位置づけられる基盤は、三浦介として相模一国を実質支配していた事にあるので、幕府内での三浦氏の役割の変化は、三浦介としての地位ないし権限に影響を及ぼさずには置かなかったと考えられるからである。

    このように義村の頃までは、三浦介としての地位と権限は、規制を受けつつも一応安泰と言えるのであるが、次の泰村(yasumura)の代になると、三浦惣領家存立の基盤である三浦介をはじめ、宿老・評定衆という地位が危うくなるのであった。

    延応元年(1239)、義村が死去した。 行年は不明、源平内乱の頃から名が現れるので70歳は超えていたと思われる。「吾妻鑑」によれば死因は大中風と伝えられ、泰時自ら弔問に訪れた事と、将軍頼経が使者を送った事が記されている。  義村の死は三浦一族の歴史にも、鎌倉幕府の政治にとっても一つの画期となったと言われる。

   義村の後を継いだ次男の泰村(yasumura)は、父の死の前年に評定衆に加えられており、すでに幕府内で重きをなしつつあったが、北条氏との関係は不安定な状況であった。
  仁治三年、北条泰時が60歳で死去し、経時(tunetoki)が次の執権に就任したが、泰村は変わりなく評定衆を勤めていた。  ただしこのころから評定衆による評議の在り方にも変化が見え、評定衆の下にいる奉行人の「内評定」で案件の処理を行う傾向が出てきている。 すなわち幕府の合議体勢が一層得宗主催の「寄合」へと進みつつある事がみてとれる。 したがって評定衆とはいえ、泰村の幕府内での位置はますます不安定にならざるを得なかったのである。

   病により経時が執権の座を弟の時頼(tokiyori)に譲り、33歳の若さで死去すると、前将軍頼経と結託した北条一族も名越光時(mitutoki)が時頼打倒の行動を起こそうとしたが、時頼は機敏に反応して、光時を牽制し、クーデターは不発に終わった。
  光時は越後守を罷免され伊豆に配流と決まり、前将軍も京都へ強制送還された。

   この事件を通じて三浦一族は、泰村の弟で前将軍の寵臣であった光村(mitumura)が深くかかわっていたが、光村自身もまた泰村ら兄弟にも何の咎めもなく、かえって時頼邸のおける「神秘沙汰」に泰村も呼ばれているのである。

*神秘沙汰・・・・・政村・実時・安達義景 参会の上級会議

   時頼には、三浦一族に対する警戒心が萌していたのであろう。   泰村を時頼邸に招いた折に、当時六波羅探題を勤めていた泰時の弟の重時(sigetoki)を鎌倉に呼び戻したいとの時頼の意見を、泰村が即座に反対したことで、泰村と時頼の関係は微妙になったと考えている。
「吾妻鑑」から泰村に関する記事をピックアップすると、何と、上下関係なく争いが耐えなかったようだ、宿老としての立場・家格を守るために起こしたらしい、 しかし、この様な泰村の尊大な態度は、周囲の人々の批判の的となり、やがて泰村の惣領家が幕府内で孤立せざるを得ない状況を招く事になったのである。
幕府・第三代執権 北条泰時公菩提寺・・・・・粟舩山・常楽寺 (鎌倉市・大船)
常楽禅寺
泰時公墓・・・・・常楽寺 (鎌倉市・大船)
北条泰時墓
幕府・第5代執権・・北条時頼公墓所・・・・・北鎌倉・明月院 (鎌倉市・山之内)
北条時頼墓

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令和元年乙亥・辛未・癸未
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