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両総の勇・上総氏・千葉氏

2019.11.25(07:00) 265

**千葉・上総一族

**族長の継承

   頼朝の信任を得た下総権介常胤は、下総国内や上総国内を中心に東北地方から九州地方など広大な所領を獲得し、幕府屈指の大豪族に成長する。  新たに上総国内に得た所領は、上総介広常が頼朝に誅殺された後に獲得したのであるが、千葉氏が広常の遺領を継承した事で上総氏系武士団を併合し、常胤は事実上、両総武士団の族長としての立場を確立した。
  その後、頼朝の命により東大寺戒壇院の造作を行ったり、鎌倉・永福寺薬師堂の供養奉行人等を歴任。 鎌倉幕府の安定に力を尽くし、 正治三年(1201)に没している。

**胤正流千葉氏

   常胤の嫡男・胤正は所領の殆どを継承したようで、千葉氏の拠点とされた下総国の千葉庄、千田庄など下総国の本宗家の所領や北九州の小城などや上総国内の広常の所領を伝達し、千葉介及び上総介を称し、両総の族長としての立場を継承した
  
この所領は子の成胤、常秀、観秀、胤忠、胤朝、胤広、師胤、胤時などに安定的に継承されたと考えられる。  このうち、成胤は胤正の遺領の下総国の千葉庄、千田庄、葛飾郡菅田郷、吉橋郷など下総国の本宗家と北九州の所領を伝領し、千葉介を称した。 一方、常秀は上総国内の上総氏の遺領や下総の埴生庄、薩摩の寄郡などの所領を継承し、上総介を称した。  また、建久元年(1190)、佐兵衛尉に任官している。

なお、成胤は「小次郎」と称され、「・・・養子たるゆえ・・・」 の記録がのこされる。

   これに対し常秀は父胤正から上総介の称号と上総国全域、南九州の島津庄寄郡等の広大な所領を継承しており、成胤の継承したものと比べ、多くの所領が常秀に継承された事から、鎌倉初期の千葉氏武士団を代表していたのは常秀であった可能性が大きい。

    本宗家を伝領し、千葉氏を称した成胤が没した後、この所領は子の胤綱に継承されたが、胤綱が早世した為、家督は弟の時胤が継いだ。  さらに時胤が早世すると僅か三歳の時胤の子頼胤が千葉介を継承しなければならなくなった。  この為成胤系千葉氏(下総千葉氏)は頼胤が成長するまで、当主の叔父泰胤を代表とする一族の寄合によって運営されたと考えられる。

  一方、胤正の子で上総介を継承した堺氏(上総千葉氏)は常秀の子秀胤の代には幕府の評定衆を勤め、幕府創設の功臣であった三浦氏と婚姻関係を結び、幕府内で勢力を振るった。  この時、千葉氏武士団を総体として考えた場合、上総氏が千葉氏を代表する時代だと考えられる。

   しかし、上総千葉氏は宝治元年(1247)秀胤の時に三浦氏の乱(宝治合戦)に連座、幕府から追討され滅亡すると、下総・千葉頼胤の叔父泰胤は動揺した千葉氏武士団を建て直し、新たな武士団の再編成に着手した。  泰胤は成胤の次男で、千葉次郎と称した。
  妹の千田尼を北条時頼の後室とし、娘の一人を北条氏の一門である金沢顕時に嫁がせ、もう一人の娘を千葉介頼胤の室としており、主君である頼胤と幕府の実権を掌握していた北条氏との関係を密接にし、そこで形成された権力を利用して千葉氏武士団の再編成を推進したものと考えられる。

   泰胤による再編成の内容は「吾妻鑑」などの歴史書には伝わっていないが、その地域の「尊光院の六院六坊体制」・「妙見宮御番の事」などの尊光院内の組織の確立には泰胤の所領のあった千田庄周辺の武士団である原、円城寺、椎名、鏑木、池内などの武士団が深く関わっている事から泰胤の主導によって行われた可能性が高い。  これらの泰胤の千葉氏武士団の編成で最も注目されるのは、「千葉御家御元服の儀式」 である。
  その内容は惣領の嫡子の元服を妙見宮の神前で行う事によって、嫡子の地位の確立を図ったものである。 このように祭政一致の武士団編成は、千葉氏の守護神である妙見信仰を利用して武士団結合の要とする惣領の嫡宗権確立を図ったものと考えられる。

   しかし、こうして再編成された千葉市武士団も二度のモンゴル来襲によって下総と九州の千葉氏に大きく分裂する。 鎮西に所領のあった千葉介頼胤は一族を率いて九州に出陣した。 また、頼胤が文永の役で傷つき翌年、小城で没すると子の宗胤が代わって出陣(弘安の役)した。  その後もモンゴルの来襲を危惧した幕府によって小城にとどめ置かれた。  この為千葉氏の本宗は下総に残って千葉氏全体を統括していた頼胤の次男・胤宗が継承することになり、鎮西千葉氏(宗胤)との二流に分立した。
千葉氏本宗系図 (12・13世紀)
千葉氏本宗系図
千葉氏胤正流(堺氏) 系図
胤正流・堺氏
幕府草創期・常胤と並ぶ三浦氏惣領・三浦義澄公の墓
三浦義澄公・墓所

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鎌倉の石塔・その周辺の風景(R)


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