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鎌倉北条氏

2017.01.12(17:10) 28

**鎌倉北条氏の草創

*安房上陸・軍勢の再興

頼朝一行は安房国猟島〈riyousima〉(鋸南町竜島)に上陸した。  先着した時政たちが、一行を出迎えた。  先に本拠の衣笠城(横須賀市・衣笠町)を攻め落とされていた三浦党も出迎えの中にあった。 挙兵当初から期待されていた三浦党との合流が、やっと果たされたのである。 これを機に、頼朝の軍の再興が始まったのです。

半月が経ち、ようやく軍勢の再編が成った。  上総権介広常(hirotune)や畠山重忠(sigetada)の参戦で、東国の主だった武将が相次いで参戦を表明したからだ。 頼朝は本軍を率いて房総半島西岸を北上し、兵を糾合しつつ武蔵・相模鎌倉を経て、京都から攻め下ってくる平氏勢を、駿河国で迎撃するためだ。・・・・・

頼朝本軍の安房出撃に先立って、時政・義時父子は甲斐国に向かった。 甲斐源氏武田党を説いて、駿河国で予定される平氏との合戦に参加させるのが、父子に与えられた使命だった。 その合戦(富士河)では、武田党が、源氏軍の主力でした。使者としての責任を時政は充分に果たしたのです。 この時、時政は外交折衝に優れた才能があることを頼朝に認められたのです。

頼朝は富士河の合戦に大勝した後、武田信義(nobuyosi)が駿河を、同じく武田党の安田義定(yosisada)が遠江(toutoumi)をそれぞれ占拠するのを黙認した。そして背後の常陸・佐竹党を退け、11月には鎌倉に再入部ています。

*時政の位置

この間、富士河の合戦には、もちろん時政も参加していた。  しかし前線に出た形跡はない。 さらに佐竹攻めには参加せず、鎌倉に留まっていたようだ。  とにかく時政は兵力が乏しかったようで、富士河以降5年間の平氏との合戦に一度も参戦していない。
鎌倉北条氏・系図
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〇数字は歴代・執権      不鮮明はご諒承ください、手造りの系図です。

常陸・佐竹の討伐以降、鎌倉では建築ブームであった。 頼朝の御家人となった武士たちが、それぞれ館の建築を始めたのです。
舅時政が自館と定めたのは、三浦道の中央、釈迦堂ヶ谷(siyakadougayatu)と呼ばれる谷の上部だった。  きわめて用心堅固な造りだったようだ。  何よりも重要なのは、地理上の位置でした。 三浦党の長兄・杉本義宗(yosimune)は、杉本寺の裏山に城を築き、今は三浦党の鎌倉での牙城となっている。  三浦半島と城を結ぶのが三浦道で、時政館はその中央に位置していたのだ。

北条時政は頼朝の義父と云う事から、山木攻め以来の行動の数々が重なって、いつの間にか伊豆武士団の棟梁的立場と成っていたようだ。
そして今、頼朝が鎌倉に本拠を置くや、時政をはじめとして伊豆武士団の武将たちが、鎌倉に館を持つ様になった。 これに対抗したのが、相模武士団の棟梁・三浦義澄(yosizumi)です。

戦略的な意味を持つ時政の 「名越邸」 に対して、義時の 「小町亭」 には、その様な意味はなかった。 頼朝の 「大倉御所」 に近接しているというだけが、目立つ程度である。(現在の宝戒寺の地)
この間、源平の戦は、膠着状態となっていた。 西国は凶作で兵糧米が足りない状況にあり、平氏は兵を送り出せなかった。一方東国源氏は、武都鎌倉の建設で多忙であった。

*亀の前

このような時期に、あの有名な事件が起きた。   寿永元年(1182)、11月時政の後妻牧の方が、先妻の娘政子に、そっと囁いた。  

「頼朝殿、良橋太郎入道の息女、亀の前を寵愛して、伏見広綱殿の飯島邸に預け居れり」     

頼朝が浮気していることを、密告したのです。 怒ったのは政子で、ただちに牧野方の父大岡宗親(munetika)を呼んで、広綱の飯島邸を襲わせたのです。 亀の前は危うく広綱に助け出され、三浦党の大多和義久の鐙摺亭(abuzuritei)に逃げ込んだのです。

今度は頼朝が怒る番だ。 自分に非があるので政子に怒りを返すわけにはいかず、大多和義久の鐙摺亭に大岡宗親を召し出すと、宗親の髻を切り捨てたのです。・・・・・これに反発したのは時政だ、自分の後妻の父・大岡宗親が髪を切られては・・・・・。
時政は直ちに名越亭をかたずけて、伊豆に引き上げてしまったのです。


頼朝の愛妻亀の前を巡る問題で、北条時政が頼朝と喧嘩別れして伊豆国に引き上げてしまう政治的スキャンダルに発展した。 頼朝側から見て、北条氏はこの時に頼朝の側を離れなかった政子・義時と伊豆に帰った時政・牧方(時政正室)の二つのグループに分かれたと見てよいだろう。 頼朝が信頼を置いたのは、前者のみです。次回に続く

丁酉・壬寅・己亥
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鎌倉の石塔・その周辺の風景(R)


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