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*「吾妻鑑」*

2017.05.18(07:22) 59

**吾妻鑑とその特徴

**成立時期と編纂の意図

「吾妻鑑」 の編纂については二段階編纂説が定説であった、源氏三代の将軍記は文永年間(1270年前半)に成立、それ以後の将軍記は正応三年(1290)から嘉元二年(1304)の頃に成立したという説です。
しかし、最近の研究では 「吾妻鑑」 に収録された多くの文書を、編纂者たちが入手した時期を探った研究で、永仁の徳政令の発布の時期と関連するものが多く、従って成立は永仁五年(1297)以降に絞られています。 すなわち1300年の前後、第二段階の中に比定されます。

編纂者が誰であるかは明らかではありませんが、幕府の中枢部にあった北条氏の一門である金沢氏とその周辺であろうことが推定されています。 それと共に幕府機構の門注所を担ってきた三善氏(miyosi)の関与が注目される。

編纂された時期には御家人の家の内部では所領を巡る争いが激化しており、そのことが 「吾妻鑑の」 編纂と大きな関係があったと考えられ、幕府を形成しその後の執権政治を担ってきた御家人達の間には、この時期に動揺が始まっており、そこで彼らの家の形成された歴史を遡って探る事で、家の立て直しを計ったり、改めて朝廷に対して幕府がいかなるものかを問う意図などもあって編纂されたと考えられています。

「吾妻鑑」 は、鎌倉幕府の始まりを、京都で出された平氏を討てとの以仁王(motihitoou)の令旨が伊豆の北条館にもたらされ、源頼朝・北条時政(tokimasa)の手によって開かれる場面に求めています。  「吾妻鑑」 治承四年(1180)四月二十七日条から。

**高倉宮令旨。 今日到着于前武衛伊豆国北条館。 八条院蔵人行家所持来也。 武衛装束水干。 先奉遙拝男山方之後。 謹令披閲之給。   (中略) ここに上総介平朝臣五代孫北条四朗時政主者。 当国豪傑也。 以武衛為聟君。 専顕無二忠節。 因玆。 最前招彼主。 令披令旨給。

・・・「吾妻鑑・現代語訳」・・・
高倉宮の令旨、今日、先武衛、伊豆国北条の館に到着す。  八条院蔵人行家の持ち来る所なり。 武衛(頼朝)、水干を装束き、先ず男山の方を遙拝し奉るの後、謹んで披閲せしめ給う。 (中略)  ここに上総介平直方朝臣五代の孫北条四朗時政主は、当国の豪傑なり。 武衛を以て聟君と為し、専ら無二の忠節を顕はす。 玆に因り、最前に彼の主を招き、令旨を披かしめ給う。

*水干・・・・・この時代の男子が身に着けた簡素な衣装。
*男山・・・・・京都・石清水八幡宮

以仁王・令旨に象徴される朝廷の権威と頼朝という武士の長者、さらに時政に代表される東国の武士団、これらの三者の結びつきによって鎌倉幕府が始まった、というのが 「吾妻鑑」 の考える幕府成立の端緒と考えられています。
京・石清水八幡宮一の鳥居
石清水八幡宮
本殿
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**編纂の方法と資料は・・・?

「吾妻鑑」 の編纂の材料としては、朝廷に仕えていた文士が鎌倉に下ってきて幕府の奉行人となった結果、彼らが記していた日記がまず挙げられる。 幕府の政所に関わった大江氏や二階堂氏、清原氏、門柱所に仕えた三善氏等が記していた日記です。

続いてそれらの奉行人の家に残された文書や記録も挙げられます。 朝廷から届いた文書や武士が提出した文書など、 また裁判に関係して提出された文書の数々がある。

次に、歌人の藤原定家の日記 「明月記」 が引用されている事が解っています。  将軍実朝の時代には京の文化が多く取り入れましたが、その時代の都の情勢や動きを記している 「明月記」 が用いられた事は当然だと思われます。 「明月記」 と同じ内容の記事が記載されていても不自然ではない。

 「明月記」 は定家から為家を経て為相(tamesuke)へと伝えられたが、為相は所領争いなどで鎌倉に滞在する事が多く、その訴訟の関係上からと、和歌や蹴鞠の関係からも幕府の奉行人との接触があって、この時期に編纂者が入手したことが考えられます。

日記といえば、源平の争乱期、幕府の動きを多く記す朝廷の有力貴族の日記 「玉葉」 「吉記」 などもあるが、これらを 「吾妻鑑」 が材料として引用した形跡は見当たらない。  奉行人らには入手困難な書籍だったと考えられる。  他に軍記物語である 「平家物語」 や 「承久記」 なども引用した跡は見つからない。

扨て編纂は将軍ごとに担当者が定められて行われたものと考えられていますが、 しばし、将軍末期の記事が欠けたり、曖昧な記事が多く見られるが、その事によるものであり、 「吾妻鑑」 は未完成であったといえよう。 それもあってか誤りも在る様だ、年次を間違えて記事を入れる、切り貼りの誤りが多く見られます。また、三月と五月、三年と五年などの張り間違い等もあるので要注意です。  次回に続く

丁酉・丙午・乙巳
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鎌倉の石塔・その周辺の風景(R)


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